20年前、FM北海道で、番組をやることになった。

僕はその時、母が入院していて、付き添いに熊本に戻っていた。

そこから、どうしても打ち合わせに来て欲しいと言うオファー。

正直、心ここに在らずなモードで、飛行機乗り換えて、札幌に着いた。

初対面のディレクター。藤井さん。

で、でかい。やさしいシロクマみたいな風貌。眼のそこにやんちゃな子供がいる感じ。中身は熱い人だなと一目で分かった。

当の藤井さん、私を見て思ったそうだ。

「なんて、やる気のないアーティストなんだろう。こんなタイプ初めて見た。よくやれてるなあ。」

元々、押し出しが弱めなキャラに、心ここに在らずが加味されて、巣穴に隠れたムツゴロウみたいだったんだろう。

しかし、それが、熱血藤井さんに火をつけたのであった。

「こいつを、やる気にさせてみたい。俺の手で。」

という、モチベーションが生まれたそう。

なにが、ぷらすにはたらくかわからないのねえ。

で、始まった番組、めちゃくちゃおもしろかった。

これは、今はやれない、禁じ手をそしらぬ顔して北海道の片隅でやっちゃってる、怖くて言えないような内容のばんぐみでした。2人とも別に平気な顔してやってたなあ。

やる気のないアーティストと,熱血ディレクターは、意気投合しはじめた。

 

半年ぐらい経ってから、藤井さんから電話がかかって来た。

 

「ああ、樋口君?あのさあ、夕方の生一週間やんない?」

 

「ああ、あのゴイスでしたっけ?」

「そう、鈴井さんのやってるやつ、どうでしょうで、ヨーロッパいくから、ピンチヒッター立てなきゃいけなくてさ。」

「どうでしょう、、?」

「ああ、鈴井さんがやってるテレビさ。」

 

「へええ、海外いくんですか。。」

 

で、かるく、ひきうけることになった。

 

後から振り返ると、ここが、私のどうでしょうへ引きずり込まれる、第一歩だった。

 

そんなことなどつゆ知らず、

 

飛行機に乗って、北へ飛んだ私でした。

 

人生のターニングポイントは、僕の場合いつも、ポイントらしくなく、隠れてみえない。

 

いっつも通り過ぎてから、後で気がつく。

 

でも、かんがえてみれば、火曜日の放送中に、国際電話越しに、鈴井さんに曲プレゼントするって言わなかったら、そのまんま、何もなく一週間が過ぎ、僕はそのターニングポイントを通過することもなかった。

 

自分で作るもんなのかもね。転機ジャンクションって。

 

そうやって何かが口を衝いて出る時、いつでも仕事の枠からはみ出てる。事務所通じて正式なオファーが来て、とかいうんじゃなくて、ぽっと思いついたことを口にして、そんで、無償で喜んでやってる。

 

それが、知らぬ間に仕事に通じる。

 

その衝動にブレーキかけるような大人の振りの自分はいらない。

 

しょうがねえなあって、見守ってくれる大人な自分がいればいい。

 

僕の大切な仕事はいつも全部、余計なことに首突っ込んで、何の得になるんだいそれって?と言うところから始まるみたいだ。

 

旅してる奴らをを元気にしたい。

 

っていう最初のきもちが、

 

うみだした1/6が、聴いてくれる皆さんを元気にできてるとしたら。

 

一番最初の衝動の動機が、一番大事なんだと、感じる今日この頃です。

 

ピュアな動機を、持ち続ける、大人でいたい。

 

今日の一曲

セーナ〜僕がカメラマンになった理由〜