そろそろ、ニューアルバムについての話をしていこうかな。

 

大分では毎年夏に、子供が百キロ歩く。「歩こう大分 チャレンジ100キロ」

 

今年で十年。毎年、引率して来た人がいる。

 

文ちゃんこと、本田文秀氏。

 

13代続くお寺の住職さん、由布支援学校の先生。

 

そして、この、「あるこう大分、チャレンジ100キロ」の、引率者でもある。

 

毎年、熊本の僕の家に、除夜の鐘をプレゼントしてくれる。

 

「はい、行きま~す。家族4人分、4回ね。」と軽いのりで、ご~んご~んご~んご~ん、と、電話越しに、聴かせてくれる。

 

実は、去年のちょうど今頃、きょらむんで酒飲んでたら、文ちゃんが寄って来た。

 

「樋口さん、あのね、頼みがあんだけど、、」

 

僕の、大分での仕事の約93パーセントは、酒に酔った夜決まる。

 

聞くところによると来年、チャレンジ100キロは、10年目を迎えると。

 

それで、自分は、この十年を区切りに、この番組から引退しようと思うと。

 

いままでは、山下達郎さんの「ジュブナイル」を使っていたんだけど、最後の十年目のために、僕に書き下ろしの新曲を作ってほしい。

 

ということだった。

 

「どうかな樋口さん。」

 

で、僕の返事は

 

「いいよ。」

 

考えなしに安請け合いしたようにみえる。いつも。違うのだ。

 

僕なりに、考えていた。

 

というか、毎年100キロ、10年で1000キロ。1000キロの夏だね、なんて文ちゃんと盛り上がっていた時点で、いい曲が生まれることがわかっていた。

 

やりがいのある仕事だと思った。

 

僕なりの勝算と、強いモチベーションを感じた上での「いいよ。」だった。

 

さびは、割と早いうちからできていた。

 

子供たちが主役であるのは、間違いないけれど、今回の曲は、文ちゃんが10年間見つめ続けた子供たちの姿を、文ちゃんの視点から描くことにした。

 

僕にも、子供が2人いる。

 

生まれたばっかりのへその緒の付いた姿を知っている。

 

そこから、現在までの成長を思うと、命ってすごいなあとつくづく思う。

 

文ちゃんが、子供たちを見つめる眼に、自分の親としての視線を重ねることが、この1000kmの夏を作るにあたって、一番自然な形に思えた。

 

10年目の100キロを歩く子供たちが出発する7月の直前に、OBSのスタジオで、今まで100キロを歩いた子供たちのコーラスを録った。

 

最初に歩いた子供たちは、20歳を越えている。

 

様々な年代の100キロ卒業生が、大勢集まってくれた。

 

「♪1000キロの~夏を君と歩いた~」

 

と、大声で、歌うみんなの胸には、100キロを歩いたあの夏が大切にしまってあるようにみえた。

 

「よみがえるその場面は、未来の君へのエール」

 

過去のどこかで体験したあることが、その後の自分を成長させ続けてくれているっていうこと。ある。

 

そして、今年の10期生がOBSにゴールしたのが8月4日。

 

ぼくも、そのゴールの場面に、立ち会わせてもらった。

 

親御さんたちが待ち構えている中、文ちゃんを先頭に、12人の子供たちの隊列がみえた。

 

手作りの、小さなゴールゲートをくぐったみんな。

 

それぞれが、晴れやかな顔をしていた。

 

そして、たくましく、大人びた表情を身につけた彼らの顔が、両親の顔を見た瞬間、子供に戻る。抱きしめた手をいつまでも離さないお母さん。その胸の中で、泣きじゃくる女の子。男の子。

 

文ちゃんは、今まで一度もゴールでサングラスを外したことがなかった。

 

外してしまうと、感情がコントロールできなくなりそうだということで。

 

「じゃあ、今年は、是非外して下さい、サングラス。思いっきり感情をさらけ出して下さいよ、最後に。」

 

という僕の言葉に、外すと約束してくれた。

 

その約束を守って、外したサングラスの下から出て来た文ちゃんの眼は、あまりにも優しい眼だった。

 

言葉がつまる。涙がにじむ。

 

「今年も無事に、ゴールすることができました。」

 

淡々と語るその胸に、どれだけの場面がよみがえっていたことだろう。

 

10年何かをやり続けると、神様がご褒美をくれる。

 

オノヨーコさんの言葉。

 

歴代の子供たち、スタッフが駆け寄り、文ちゃんの胴上げがはじまった。

 

真夏の炎天下の100kmを、子供たちの無事だけを考え、10年間歩き通した52歳の男が宙に舞う。

 

1000キロ達成おめでとう!!

 

お疲れさま、ぶんちゃん。

 

今日の一曲
1000kmの夏