このブログで、書こうかどうか迷っていたんですけど、

 

書くことにします。

 

今年の5月、私の父が他界いたしました。

 

急性腎不全というのが診断書に書かれた死因でした。

 

4月の僕のドキュメンタリー放送後3日経って、突然体調を崩し、施設から救急病院に運ばれ、そのまま、ICUで治療を受けていましたが、緊急入院した時点から落ち始めた意識レベルは低下を続け、1ヶ月後の5月28日に、他界いたしました。

 

84歳でした。

 

後年父は、脳梗塞の後遺症で、左半身が麻痺していて、体の自由も利かず、認知症状もかなり進んでいました。

 

僕を、息子だと認識できないときもありました。

 

父が僕の顔を見たときの口癖は「お前は仕事はいまなんしよっとや。」でした。

 

音楽の道を選ぶと言った大学4年の時のショックが相当大きかったんだと思います。

 

「歌ばつくりよる。作ってから歌いよる。」これが僕の返答。

 

「お前がや!?」心から驚いて父の言葉。

 

これを、多い時で日に15回ぐらい繰り返す時もありました。

 

ドキュメンタリーの撮影で、NHKのスタッフが施設を訪れた時も、見事にこの台詞を言ってくれました。全くカメラを意識することなく。その道60年の名優のように。

 

今思えば、父はこの世での最後の仕事だと思ってくれていたんじゃないかって思います。

 

僕は、父がいなくなってしまったなんて、全く思っていません。

 

むしろ、最後の10数年間は、左半身の麻痺と、自分の気持ちを体を通じて思うように表現できない苦しい認知症の状態にありましたから、そこから解放されて今はつらつと新しいステージで飛び回っているところを想像するだけで、、

 

うれしくなってきます。正直。

 

母も、父の遺影を前にしてよく口にします。

 

「写真ば、おとうさんの若っか頃のにしてよかった。惚けとらすお父さんにはなんも話のでけんでしょが。死なす前より、今の方が、お父さんば近くに感じる。」

 

実際に母の身近にいてくれるんでしょう。

 

父は学歴こそなかったものの、刃のように頭の切れる男でした。

 

だからこそ、こっちも本気でぶつかっていかないと、たちまちに論破されてしまう、

 

そんなこともあって、僕は長い間、親に自分が将来音楽をやっていくとは言えなかったのかもしれません。

 

父によって、自分の夢がいかに荒唐無稽なものであるのかを目の前にさらされる気がして、怖がっていたのかもしれません。

 

僕が、東芝EMIから、デビューすることになり、当時のプロデューサーの三宅さんが、自宅まで挨拶に来ました。

 

世界で一番嫌いな出されたメロンを、ひとのみで飲み下し、三宅さんは父の尋問のような質問に矢継ぎ早に答え、最後にこういいました。

 

「私が彼をやろうと思った一番の理由は、ご両親から受け継いだその声です。」

 

父は黙って聴いていました。

 

1993年9月に、ファーストアルバムが出ました。

 

熊本の松本レコードから、かなりな売り上げの情報がありました。

 

調べてみると、僕の中学時代の校長と名のる初老の男性が、数十枚買っていったということ。

 

父しかいません。

 

いつしか父は、僕のことを、「あんた」と呼ぶようになりました。

 

了一、おまえ、と呼んでいたのが「あんた」になりました。

 

くすぐったさと同時に、僕の目の前に壁のように立ちはだかっていた父が、急に小さくしぼんでいったような寂しさを感じました。

 

自分のやりたかった仕事に就いて、それなりに一生懸命やってる僕を一人前の人間として認めてくれた「あんた」だと僕は勝手に思っています。

 

僕は今回のアルバムを、父に捧げようと思っています。

 

父は、僕が生まれたとき、悩みに悩んで、「了」という一文字の名前をつけることに決めました。

 

樋口 了

 

これを見た、母方の祖父が

 

「樋口家が終わってしまうという意味にも取れる。」

 

といって、それでは、今までの樋口家はここで一旦終わり、そこから新たな第一歩を踏み出すという意味で「了一」というのはどうかと提案したそうです。

 

ちちはこれをうけいれ「樋口了一」という名前に決まりました。

 

今回のアルバムのテーマは、前作よろこびのうたに続いて、命、です。

 

様々な題材で、命が変わらずに続いていくんだという確信を6曲の歌の中に込めました。

 

歌の中に、様々な「おわりとはじまり」の風景を描きました。

 

レコーディングを進めながら、僕の頭の中にはなぜか、父が僕につけようとしていた「了」の一文字が浮かんでいました。

 

そしてふと思ったんです。

 

父は、この物事のおわりを表す「了」という一文字に、同時に新たなはじまりの意味をも込めようとしていたんじゃないかって。

 

一つの命の旅のおわりの中に、もう既に次なる命の旅のはじまりの萌芽がある。

 

父が僕に付けようとしていたこの名前を、今回のアルバムのタイトルにしようと言う思いが、少しずつ高まってきました。

 

了 ~はじまりの風~ というのが、僕のニューアルバムのタイトルです。

 

「瞬きの間に過ぎていった」84年の人生を父は今振り返っていることでしょう。

 

そして、これから続く、永遠といってもいい進化の道のりを見据えているところだと思います。

 

その中で、僕という命との交わりをどんな風に思い出し、感じているのか、

 

父に訊いてみたくて

 

父への手紙のつもりで、

 

このアルバムを、

 

捧げたいと思います。

 

 

今日の一曲 桜の森