月16日の池袋での追い出しライブ来ていただいた方、どうもありがとうございました。

熊本に移り住んで3ヶ月、もう追い出しって気分でもないよなあと思っていたのにもかかわらず、まだ、俺は追い出されていなかったんだ、と、この日のライブが終わった後、強く感じました。

それぐらい、東京での28年間が走馬灯したライブでした。

出てくれた多くのゲストの皆さん、あんがとね。

立教の軽音の仲間に囲まれて、セッションした時は、ホントに時がキューッと逆回転したような気持ちになりました。

おじゃ丸。店を休んで、駆けつけてくれた。「冬の稲妻」と、衰えないエネルギッシュな歌をありがとう。また店行くから。
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宮坂。当日に突然呼び出したのにもかかわらず快く引き受けて、サックス持ってきてくれた。

やすお。田中康夫のものまねを一年の新歓コンパでやって以来この呼び名。裕之っていう立派な名前があんのに。

同学年のピアノ、やすおに関しては、まったく知らなかっただけに、ホントに驚いた。

数年前、本当に瀕死の事故にあって、意識が戻ることことまずあり得ないって言われていて、そこから生還してから、ピアノを弾く姿を見ていなかったので、それも相まって、ステージの上が、夢みたいにふわふわした。

曲は「ニューヨークの想い」。

下積み時代のビリージョエルが、ロスの酒場でピアノの弾き語りをしていた頃、生まれ故郷のニューヨークへの郷愁を、綴った歌。

「僕の心はもうすでにニューヨークにあるんだ。」

偶然だったけど、主旨にぴったし。

バカなことっから順番にやっていたあの学生時代の血が蘇ってきた。

それから、日本フィルのカルテット。

田村さん、大貫さん、中川さん、久保さん。

お忙しい所本当にありがとうございました。

アンコールで、急に倉橋君が登場して、「ここからしばし100回目のポストマンライブとなります」と宣言。

それで、出てきてくれた4人。

朝花と、手紙を、ぶっつけで、演奏してくれた。

これは、見に来てくれたお客さんにとって最高のプレゼントになったんじゃないでしょうか。

テレビなんかで見る弦とのセッションよりも、しっかりとその包み込むような存在感を感じていただけたんじゃないでしょうか。

僕も、背中に和音の風を受けながら、夢見心地で。

その他、会場には、定例常連組の皆さん、初めての皆さん、昔世話になった方々、まるで、ホセ戦のジョーの試合の観客席みたいでした。

書ききれないので、

最後に、アンコールでやったこれまたビリージョエルの「さよならハリウッド」の日本語替え歌の歌詞を載っけて、感謝の言葉に代えさせていただきます。

何度でもいいます。

みんな本当にありがとう。

今日の一曲
Say Goog-bye To Tokyo


引っ越しの準備をしてたら 見つけた 古びた学生証
19歳の春 初めて憶えた通りは 目白通り

Say Good-bye to Tokyo
Say Good-bye my baby
Say Good-bye to Tokyo
Say Good-bye my 練馬

世話んなった人たちに迷惑ばっかかけてた20代
夜中の池袋で叫んだ「桃、桃はいかがっすか~」

Say Good-bye to Tokyo
Say Good-bye my baby
Say Good-bye to Tokyo
Say Good-bye my 300B

夢が仕事になったからって 物語は終わらない まだ続いてる
愛する誰かの夢輝かせてゆくのが これからの僕の夢

まわるまわるよ地球は泣きたくなるような時も
そんな思いを歌にしたら君が笑ってくれた 

Say Good-bye to Tokyo
Say Good-bye my baby
Say Good-bye to Tokyo
またくんね 桜上水

夢が仕事になったからって 物語は終わらない まだ続いてる
ここにいるみんなの夢輝かせてゆくのが これからの僕の夢

羽田に向かうレインボーブリッジの上 振り向けば摩天楼
愛着なんてないと思ってた景色に やさしく抱かれた 

Say Good-bye to Tokyo
Say Good-bye my memories
Say Good-bye to Tokyo
ARIGATO! Tokyo